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文化政策への提言

国立劇場再開場問題、一刻も早く打開を

2025年5月31日
慶應義塾大学歌舞伎研究会三田会(OB 会)
会⻑ 犬丸 治

昭和四十一年十一月東京三宅坂で国立劇場開場式が挙行された翌々月、国立劇場会⻑であ り塾の大先達である故高橋誠一郎は、初春公演の筋書きに一文を寄せた。

「昨年は待望一世紀になんなんたる国立劇場が漸くにして日本に誕生し、その開場式が挙 げられたことで感激はいっそう深い。(中略)
    光陰の移るは知らぬ鏡餅
床の間に供えられた鏡餅を見ていると、世界はどう変り、時代はどう移っても、われらはや はり日本人であるという気になる。ことに屠蘇を祝い、雑煮の箸をおいた後、わが古典芸能 を正しく保存することを第一の目的としている国立劇場の公演を鑑賞すれば、いかに国際 的影響を受けることの多い現代に生きていても、われらは日本人に還元せしめられる思い がするであろう」(「昭和四十二年、初春公演に寄せて」)。

それから約六十年。一昨年閉場した国立劇場が、二度に亘る入札の不調によって、当初予定 令和十一年度に予定された新築再開場の目途が全く立たぬなど、先人たちが国立劇場建設 に寄せた営々たる努力と理想が危殆に瀕しているのは周知の通りであろう。 高度経済成⻑下、旧来の価値観が閑却され「歌舞伎の危機」が叫ばれる中、国立劇場は「通 し狂言」「復活狂言」を柱とし、歌舞伎のみならず人形浄瑠璃文楽・日本舞踊の魅力を広く 内外に発信し続けて来た。研修制度による後継者養成が、現在の伝統芸能上演にどれだけ裨 益していることだろう。 毎夏の「高校生のための歌舞伎鑑賞教室」は、多くの若き新たな観客を発掘し育てて来た。

慶應義塾歌舞伎研究会も、今年で創立百年を迎える。戦前は岡⻤太郎らの指導のもと朗読会、 戦後は学園祭「三田祭」での学生による実演で、歌舞伎への理解を培ってきた。戶板康二ら 数多くの評論家・研究者・製作者・実演者を輩出、平成二十年には来日したチャールズ英皇 太子(現国王)の前で学生が歌舞伎を演じるなど、国際交流にも寄与している。 入部して初めて歌舞伎に触れた、という学生たちも多い。彼ら・彼女らが良き「観客」に育 つのは、良き立地で、廉価で、上質の舞台を常時提供しうる劇場の存在が不可欠であろう。 それは国立劇場を措いて無い。
確かに、今国立劇場は三宅坂という「旗艦」を喪いつつ、都内各所の公共施設を借りて主催公演を続けてはいるが、後継者養成・調査研究(貴重文献の翻刻紹介など)も一丸となって 斯界に資して来たかつての面影はない。このままでは、新たな「国立劇場不在」という文化 国家の名に恥じる空白が少なくとも十年近く続くことになる。 この不毛を打開すべく、我々慶應義塾大学歌舞伎研究会・同三田会一同は、再開場に向けて の工程表の一日も早い策定・公表を関係各位に強く訴える。
今、何よりも必要なのは「光陰の移るは知らぬ鏡餅」ともいうべき、時代の風波に決して左 右されない定見ある文化政策ではないだろうか。

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